「家栽の人」(作:毛利 甚八/画:魚戸 おさむ)

「家栽の人」(作:毛利 甚八/画:魚戸 おさむ)は、TBS でドラマ化されています(1993/1/7 〜 3/25)。

ドラマ「家栽の人」
出演(役名) 片岡 鶴太郎(桑田 義雄)
仙道 敦子(今西 恭子)
風間 トオル(大滝 信)
柄本 明(渋谷 直正)
斉藤 洋介(鳥海 和友)
山谷 初男(高崎 又二)

その後、1996/3/11 と 2004/10/20 にもスペシャル版が放送され、後者では主役が時任 三郎に変更されました。

余談ですが、「2004/5/21 にフジテレビで放送された『家裁判事 伊奈守 草介の事件日誌』(脚本:土屋 斗紀雄/主演:加藤 剛)が『家栽の人』に酷似している」と視聴者から指摘があり、フジテレビが謝罪しています。

TV シリーズ終了直後の文藝春秋「MARCO POLO マルコ・ポーロ」1993 年 5 月号に、「家栽の人」の原作者である毛利 甚八さんの「予期せず現役裁判官にウケてしまった『家栽の人』の恍惚と不安」という記事が載っています。

マンガ『家栽の人』は 1987 年夏、ビッグコミック・オリジナル(小学館発行・月二回刊)のシリーズのひとつとして掲載が始まった。

その頃、私は小学館に出入りするライターで、月に一度、担当編集者と新宿で飲む習慣があった。
今は再開発で様変わりしてしまった区役所通り・柳街のそばに K という会員制のスナックがあってそこで飲み始めるのだが、私たちが行くと必ず止まり木に座っている人物がいた。

それが当時ビッグコミック・オリジナル編集長だった林 洋一郎氏だった。

彼は一人で飲んでいることが多かった。
いつも水割りのグラスにかぶさるように猫背になって、カウンターに引っ掛かり、考え事をしていた。
茶系の背広を着ていて、前ボタンははずしっぱなし、ピンを使わないのでネクタイがぶらぶら揺れていた。
今思い返すと、どこか不器用な背広姿だった。
その店を振り出しに、歌舞伎町にある馴染みの店をぐるぐる回りながら朝まで飲み続けるのが日課だったと、後に聞いた。

1986 年の冬のことだ。
「マンガの原作、やってみないか?」
二軒目の店で飲み始めたところで林氏が突然言った。
「ほら、林さんはなんでもマンガに結びつけちゃうんだからなぁ」
私の担当編集者は皮肉な苦笑いをした。
「この人はライターなんだから、コラムの仕事でもあげてくださいよ」
林氏は元部下の諌言を聞き流したのだと思う、「何なら書ける?」と尋ねた。

私は風俗嬢の話を書いてみたいと答えた。
やっと自分の金で酒が飲めるようになった頃で、盛り場がおもしろくて仕方なかった。
「駄目だ。そんなの」
喉の中で一度潰したようないつものかすれ声で彼が言った。
興が乗るとその声でフランク永井の歌を渋く歌うのだった。
「おまえさん、ビーパルやってるんだろう。植物の話どうだ?書けるだろ」
「書けますよ」
「うん。植物を育てる主人公だ。じゃあ、仕事は何にしよう?」
林氏は楽しげな表情で、ちょいと考え込んだ。
「そうだな、裁判官がいいな」
話したのはそれだけだ。
そして、それが『家栽の人』の骨格のほとんどである。

林 洋一郎氏は早稲田大学のマンガ研究会を経て小学館に入社したマンガ家くずれの編集者だった。
編集者としての一番手柄と言われている作品は水島 新司氏の大ヒット作『男どアホウ甲子園』である。
新人マンガ家の可能性を計測する独特の目を持ち、他の編集者が見捨てたマンガ家にチャンスを与えてヒットを生ませる名人芸を見せたという。
いわゆる無頼派の職人肌編集者で、いつもマンガのことばかり考えているため、社内では「マンガ馬鹿」と呼ばれた。

林 洋一郎氏は『家栽の人』が始まった翌年の春、ガンで亡くなられた。
死んだ人の功績が忘れられるのは仕方のないことだが、公称五〇〇万部という発行部数が喧伝されている状況を考えるとつい書き残しておきたくなる。

「植物と裁判官」という奇妙な取り合わせは、私にとっては寝耳に水だったけれど、歌舞伎町の酒場に一人座った林氏の頭の中で吟味された末に飛び出した組み合わせだと、今は理解できるからである。

私は酒場の話を忘れて自分の仕事を続けていたが、翌年の春になって酒場の話が本当の企画になったのを知らされた。
担当になった林氏の部下・N 氏と一緒に現在の監修者である山崎 司平弁護士を訪ねて、司法修習生の思い出話を聞き、司法関係の本数冊と六法全書を買った。

そして約 3 年の間、監修者のアドバイスを受けながら、取材なしで 29 話まで書いた。
途中、最高裁の広報部に取材申し込みをしてみたが、「マンガの取材を許した前例がない」という理由で断られたからだった。

実際のマンガを読んでいただけばわかる通り、『家栽の人』ではそれほど専門的な裁判官の実務は描かれていない。
もちろん実際の裁判官経験者に取材をしているけれど、業界用語や大まかな実務の流れは外部からの取材で知り得ることばかりである。
それを基に、社会という共同体を意識し、人を癒す力のある大人として主人公を描いている。

もし亡くなった元編集長が裁判官でなく八百屋と言っていれば、八百屋の主人公が同じことをしたはずだ。

もちろん八百屋の職業的心性を書くのと同じ技術で、裁判官との会話から裁判官的心性を推測して書いている。

後半に登場する「担当になった林氏の部下・N 氏」とは、長崎 尚志さんのことでしょう。

ここでは、長崎さんが更に大きく関わっている「イリヤッド」(作:東周斎 雅楽/画:魚戸 おさむ)を取上げ、「イリヤッド」の登場人物を見てみます。