「MASTER キートン」(作:勝鹿 北星/画:浦沢 直樹)について、ITOMARU さんのメールの続きです。
「MASTER キートン」の「仮面の奥」。
「EQ」1983 年 3 月号に、「ヒーロー」(アル・ナスバウム)という翻訳短編が掲載されています。
- ギャングに憧れる少年が、機内におもちゃの銃を持ち込む
- 少年は、刑事と護送犯に話しかける
- コワモテの方は無視するが、愛想のいい方が冗談を言う(「警官だ」とは言わない)
- 旅客機は事故で湖に着水するが、少年の親と「護送犯」が機内に閉じ込められる
- 少年の懇願で「警官」は閉じ込められた人々を助けるために何度も湖に潜り、「護送犯」を助けようとしたところで機体が沈んでもろともに死ぬ
- 少年は将来ギャングではなく警官になりたい、と言うようになる
- 語り手は最後に手を振った「警官」の右手首に手錠がはまっていたのを思い出し、実は彼のほうが護送犯だったと気付く
光文社「EQ」は、1978 〜 1999 年に全 130 号が刊行された隔月刊の海外ミステリ専門誌です。
「ヒーロー(原題 ROLE MODEL)」は、「英米超短編ミステリー 50 選」(EQ 編集部編)に収録されている、9 ページのショート・ショートです。
また、検索エンジンで「手錠」「飛行機」「犯人」などのキーワードを調べたら、「地獄の静かな夜」(A.J. クィネル)に収録されている「手錠(原題 HANDCUFFS)」もありました。
「手錠」は 30 ページくらいの短編です。
ロンドン警視庁から特命を受けたベテラン刑事が、民間機で金塊強奪犯を護送するさなか、狂信的なテロ組織にハイジャックされる。
刑事を殴り意識を失わせた強奪犯は、手錠を外してハイジャック犯に協力する。
しかし、隙を突いてハイジャック犯を射殺し、無事に刑務所に護送される。
「仮面の奥」と「手錠」を比較すると、以下のようになります。
- 類似点
- 護送中の機内での事件
- 護送犯はハイジャック犯を演じる
- 相違点
- 子供は登場しない
- 護送犯は「自分は刑事だ」と言わない
- 胴体着陸と本物のハイジャック
ここまでを読んだエトランジェさんから、メールを頂きました。
「犯人」「護送官」「手錠」のプロットは、基本的にすべてアメリカの短編小説家 O・ヘンリーの「心と手」を元ネタにしていると思います。
更に元ネタがあったのですね。
「O・ヘンリ短編集 (3)」に収録されている「心と手(原題 HEARTS AND HANDS)」の粗筋は、以下の通りです。
- ある列車に 2 人組の男が乗込み、女性の前に座る
- 女性は若い方の男 A と顔見知りで話を始めるが、A ともう 1 人の男 B は手錠で繋がれていた
- B は「自分が犯人で、A は執行官だ」と説明する
- A は女性と近況などの雑談をする
- やがて、B が「喫煙車に行きたい」と言い、2 人は移動する
- 手錠は A の右手と B の左手を繋いでいた
「心と手」「ヒーロー」「手錠」「仮面の奥」の発表・掲載順序は、以下の通りです。
1917 | "HEARTS AND HANDS" 発表(初出不明) |
1982 | "ROLE MODEL" 発表(初出不明) |
1983 | 「ヒーロー」掲載(光文社「EQ」1983 年 3 月号) |
1990 | "HANDCUFFS" 発表(初出不明) |
同 | 「手錠」掲載(集英社「小説すばる」1990 秋期号) |
1991 | 「仮面の奥」掲載(小学館「ビッグコミックオリジナル」1991/8/5 号) |
青土社「ユリイカ」2006 年 1 月号の「浦沢 直樹、漫画を語る」(聞き手:宮本 大人)に、以下のようにあるので、浦沢さんが「心と手」を読んでいるのは間違いないでしょう。
浦沢 うん。
あの頃、O・ヘンリーからジョン・アーヴィングまでのアメリカの小説を読んでいて、ああいうラインを模索してみようと思ってはいた。
(後略)
「SORA!」(作:矢島 正雄/画:引野 真二)の「ミッドナイト便(前編)」にも、誤解こそないものの刑事と犯人が飛行機に乗る話がありますが、何の説明もなく手錠が刑事の右手と犯人の左手に嵌められており、作画上の間違いと思われます。
また、
「デスノート」(作:大場 つぐみ/画:小畑 健)でも、探偵 (L) の右手と容疑者(夜神 月)の左手が手錠で繋がれていました(右利きか左利きか分かりませんが、2 人ともペンやテニスのラケットは右手で持っており、月は箸も右手で持っています)。
「ディアスポリス 異邦警察」(脚本:リチャード・ウー/画:すぎむら しんいち)の「寒い国から来た男」でも、異邦警察署長(久保塚 早紀)の右手と殺人犯(ユーリ・ビタエフ)の左手が手錠で繋がれていました。
参考までに、「踊る警官」(浦沢 直樹)や「初期の URASAWA」(浦沢 直樹)に収録されている「さよなら Mr. バニー」(1984 年制作)も、子供の期待を裏切らないようにする犯罪者の話です。
「パイナップル ARMY」(作:工藤 かずや/画:浦沢 直樹)や「MASTER キートン」には、海外映画や翻訳小説を題材にした作品がある、と言われることがあります。
他の元ネタをご存知の方は、メールを下さい。
おまけとして、京都精華大学「対談:浦沢 直樹×長崎 尚志」の模様を収録しました。