2006 年 11 月 8 日(水)に、京都精華大学アセンブリーアワー講演会「対談:浦沢 直樹×長崎 尚志」が行われ、配付資料には以下の紹介がありました。
- 浦沢 直樹(講師)
- 現代日本を代表するメガヒット漫画家。
1960 年生まれ。
1982 年、小学館新人コミック大賞受賞、翌年、『BETA!!』でデビュー。
代表作は『パイナップル ARMY』『YAWARA!』『MASTER キートン』『Happy!』『MONSTER』『20 世紀少年』『PLUTO』他、多数。
これまでに小学館漫画賞、講談社漫画賞、手塚治虫文化賞マンガ大賞、文化庁メディア芸術祭漫画部門優秀賞など受賞。
『MONSTER』はハリウッドのメジャースタジオが映画化権を獲得した。
- 長崎 尚志(講師)
- 脚本・企画構成からプロモーション、著作権交渉まで行なう「マンガプロデュース」業の草分け的存在。
1956 年生まれ。
元漫画週刊誌編集長。
浦沢 直樹氏をデビュー当時から担当し、2001 年に独立して『PLUTO』をプロデュース。
またビッグ・オー名で『ジナス』(漫画・吉田 聡)のプロット共作。脚本家として、東周斎 雅楽名で『イリヤッド—入矢堂見聞録』(漫画・魚戸 おさむ)『テレキネシス—山手テレビキネマ室』(漫画・芳崎 せいむ)、リチャード・ウー名で『ディアスポリス—異邦警察』(漫画・すぎむら しんいち)を手がけている。
- 熊田 正史(司会)
- 京都精華大学マンガ学部マンガプロデュース学科教授。
1971 年小学館入社。
「少年サンデー」配属後、「少年ビッグ」、「ヤングサンデー」等の創刊に携わる。
「週刊ビッグコミックスピリッツ」副編集長、「週刊ヤングサンデー」編集長等を歴任の後、本学教員に。
コミックの表現領域拡大に精力的に従事し続けている。
担当作品に『岳人(クライマー)列伝』(村上 もとか)、『わたしは真吾』(楳図 かずお)、『F -エフ-』(六田 登)、『冬物語』(原 秀則)、『のぞき屋』(山本 英夫)など。
対談の内容を以下にまとめます(敬称略)。
- 長崎が「浦沢は、王 貞治/長嶋 茂雄で言うと王」とインタビュー(台詞逆輸入注:講談社「週刊現代」2005 年 10 月 8 日号を指すと思われる)で答え、浦沢は以下のように理解した(浦沢)
- 王は努力型/長嶋は天才型
- 手塚 治虫やボブ・ディランは長嶋
- 天才型は言っていることが常人に分からない
- 努力型は言っていることが常人に分かるので、後続に教えられる
- 浦沢は「長崎の表情を変えてやる」と努力した(浦沢)
- 長崎にしごかれた
- 脳味噌を痛めつけるようにして、尋常でないくらい考えた
- そんじょそこらの痛めつけ方ではなかった
- 脳味噌は相当に痛めつけないと、本当の力を発揮しない
- マイナーな人間をメジャーな場所で活躍させるトレーニングでもあった
- デビュー後の自己分析では、絵は描けたが、ドラマ作りが暗中模索・五里夢中だった(浦沢)
- 「MASTER キートン」(作:勝鹿 北星/画:浦沢 直樹)の頃までは、「火の鳥」(手塚 治虫)や「あしたのジョー」(作:高森 朝雄/画:ちば てつや)や黒澤映画に匹敵するドラマをどう作るか格闘していた
- プロのマンガ家は、読者を満足させなければならない(浦沢)
- プロのマンガ家になることは薦めないが、好きだったら 10, 20 年後も描いているだろう
- 2005 年に、マンガの雑誌と単行本の売上が逆転した(熊田)
- それぞれ 2004 年が 3000, 2000 億円で、2005 年が 2400, 2600 億円
- 雑誌の原価率は通常 60 〜 70 % だが、100 % を超えるものが出始めている
- 小学館「月刊 IKKI イッキ」は 399 % なので、500 円の雑誌を 2000 円掛けて作っている
- 発行部数 40 万部の週刊青年誌の原価を 80 円とすると、毎月の原価は 1 億 2800 万円 (80 * 400000 * 4)
- 少女誌はこの状況に陥ったため、週刊誌がなくなった
- 今のままでは、青年誌や少年誌も同じ運命を辿る
- 単行本が出て、雑誌がペイするまで 4, 5 年必要
- 原価累計は 60 億円以上 (128000000 * 12 * 4) になるので、編集者は社員とするしかない
- 長崎がフリーの編集者になるとき、2 月 14 日に浦沢夫妻を東京・麻布十番のイタリアレストランに連れて行こうとしたら迷子になった(長崎)
- 長崎は「小学館を辞めることにした。今まで通り、担当にしてくれ」と頼んで、了承を得た
- 長崎が小学館にいたとき、異動で浦沢の担当を外れたことが 3 回くらいある(浦沢)
- 「PLUTO プルートウ」(浦沢 直樹×手塚 治虫)をプロデュースすることにより、二次著作権の代理人が出版社であることを覆したかった(長崎)
- 大手出版社の編集者が一番弱いのは著作権法
- マンガ家は売れる野望がないと、こんなに辛い仕事はない(浦沢)
- 過去のマンガを読んで歴史を知った上で、「誰も見たことのない作品」を描く
- 手塚を語るには白土 三平も読む
- 劇画を語るにはマンガも読む
- 大友 克洋はどのように登場したか
- 歴史を 3 D で捉える
- 星空は平面に見えるが、数億年前の光と数万年前の光がある
- 輝き続けている作品は、何が違うのか
- 過去のマンガを読んで歴史を知った上で、「誰も見たことのない作品」を描く
- 編集者志望の学生は、フリーになる前に出版社やプロダクションで 3 〜 5 年修行した方がいい(長崎)
- 原作者志望の学生は、自分の生年前後で好きな作品を見付けて、その周辺作品を読み漁るといい(長崎)
- 「羊たちの沈黙」(トマス・ハリス)を世間では「初めてのサイコ・サスペンス」と思っているが、1970 年代から原形はあり、たまたまトマス・ハリスで売れた
- 天才の藤子・F・不二雄さえも、「新しい作品はない。既にある作品からインスピレーションを得ている」と言っていた
- 「PLUTO プルートウ」は、手塚プロから「2003 年のアトム生誕企画として何かしないか」と声を掛けられたのが最初(浦沢)
- 浦沢が「お祭ではなくリメイクする奴はいないのか。自分は嫌だが」と誰かに言った
- 誰かから聞いた長崎が「リメイクって言ったんだって?面白そうじゃない、ゲジヒトを主役にしてさ」と言って、2 人で 1 時間くらい話した
- 浦沢は「面白い。他人に描かせたくない」と思った
- 愛情がなければ、トリビュート作品は描かない方がいい(浦沢)
- 浦沢はネタに困り、意識を失うまで考えてから浅い眠りを 1 時間くらいすると答が見付かったことが 4, 5 回あった(浦沢)
- 「MASTER キートン」の頃
- その後、脳波をコントロールできるようになり、浅い眠りに入らなくても閃くようになった
- 長崎はマンガ家に描きたい絵があれば、それを取入れた原作を書く(長崎)
- マンガ家が乗らないと良い作品にならないから、最初に話合う
- 長崎は物語オタクなので、映画を見たり散歩をしたり浅い眠りを取ったりしながら、ずっと原作を考えている(長崎)
- 何も浮かばなければ、打合せを延期する
- 浦沢によると、長崎から「今日の打合せは、準備ができていないから延期」という電話がときどきあるが、普通の編集者は準備不足のまま打合せをする
- 何も浮かばなければ、打合せを延期する
- 浦沢は描いているときは、どの作品も嫌いだが、10 年くらい経過してから読むと、その良さに気付く(浦沢)
- 「JIGORO!」(浦沢 直樹)に収録されている「元禄野郎 PART 2」の握り飯を食べようとして敵討を中止する場面は毎回、いい話だなぁ、と思う
- ヨーロッパ(特に、イギリスとオランダ)のサスペンス映画やアクション映画が面白くて、「パイナップル ARMY」(作:工藤 かずや/画:浦沢 直樹)に取入れようとした(長崎)
- 「MONSTER」を描くときは、「YAWARA!」(浦沢 直樹)と「Happy!」(浦沢 直樹)の路線と「パイナップル ARMY」と「MASTER キートン」の路線を統合して、自分の描きたい作品を世に問うことを考えていた(浦沢)
- 作品は、入れなければならないことと読者の要望を両立させる(浦沢)
- まず自分で映画の予告編を考え、それに合わせて話を作る
- 手塚版アトムは多少線がずれてもアトムに見えるが、ブラック・ジャックは少しでも線がずれるとブラック・ジャックらしくなくなる(浦沢)
- 手塚の絵でも、口は最良の位置を探しながら描くので線が震えている
- 大友の衝撃は画力もさることながら、落語のような軽妙さとシニカルな目線に生々しい生き方が表出していた(浦沢)
- 「AKIRA」(大友 克洋)はあまり良くない
- マイナーからメジャーに出るという、大友らしからぬ熱い行動
- 「ショート・ピース」(大友 克洋)や「さよならにっぽん」(大友 克洋)や「ヘンゼルとグレーテル」(大友 克洋)が良い
- 「AKIRA」(大友 克洋)はあまり良くない
- 作品を描くときに大変なことは、締切を守ることと体を酷使すること(浦沢)
- トレーナーに「格闘家並に体が壊れている」と言われた
- 大学のマンガ学部について、本当は教わることではないと思うが、1 人で学ぶにも限界があるから、今後は必要になるかもしれない(浦沢)
- ハリウッドではシナリオを学んで活躍している人が多いので、大学で学ぶのもいいと思うが、教えることはできるのか(長崎)
2006 年 9 月 10 日(日)の手塚 治虫文化賞 10 周年記念「マンガ未来世紀」にも参加したのですが、朝日新聞社「AERA COMIC ニッポンのマンガ」に収録されているので、割愛します。
「MASTER キートン」と「ゴルゴ 13」に続きます。